福岡高等裁判所 平成8年(行ケ)2号 判決 1997年2月28日
原告
川添隼人
右訴訟代理人弁護士
浅野秀樹
同
前畑健一
被告
佐賀県選挙管理委員会
右代表者委員長
白仁美全
右指定代理人
寺町博
同
山口誠悟
同
山口清孝
同
河原祐一郎
理由
一 主位的請求に係る訴えの適法性について
〔証拠略〕によれば、原告が本件異議申出をした異議申出書には、異議申出の趣旨として「平成8年2月4日執行の肥前町長選挙における当選人井上良富の当選は無効とするとの決定を求める。」との記載が、異議申出の理由として「<1>選挙による開票の疑問票及び無効票のコーカイをする事 <2>処理済票を集積したものを開票事務担当者が不当に他の場所に持ち歩き票に細工をした疑いがあるので有効得票数の再点検」との記載があること、本件異議棄却決定に対する原告ほか三名の代理人弁護士作成の平成八年四月二六日付け審査申立書には、審査の申立ての趣旨として「(1)肥前町選挙管理委員会が平成8年4月12日付でなした申立人らの前記当選の効力に関する異議の申出に対する棄却決定を取り消す。(2)井上良富の当選の効力を無効とする。(3)前田清人を当選とする。との決定を求める。」との記載があり、審査申立ての理由としては、「前〓清人と記載された投票は存在し、同投票は無効とされたこと」、「縦波線記載の投票は有効か無効か再点検すべきであること」、「○×の他事記載のある有効票の再点検の必要性」の三点を挙げて、投票の再点検を求めていることが認められる。
右によれば、本件異議申出の理由中には本件選挙が管理執行の規定に違反したとの主張と解せないではない主張があるが、本件審査申立ての趣旨及び理由は井上候補の当選の効力を争うものであることが明らかであって、これを全体的に見れば、本件異議申出及び本件審査申立ては当選の効力に関するものであって、選挙の効力に関する申立ては含まれていなかったものと解される。したがって、本件選挙の無効を求める主位的請求に係る訴えは、異議申出及び審査申立てを経ていないものとして、不適法なものである。
なお、原告は本件選挙における開票事務従事者の不審な態度や投票の抜取り、改ざんの疑い等をるる主張するが、いずれも推測の域を出るものではなく、本件において公職選挙法二〇九条により本件選挙を無効としなければならないような史実を認めるに足りる的確な証拠は存しない。
一 予備的請求について
1 肥前町選挙会において前田候補の有効投票とされた投票中本件裁決において無効投票とされた投票の他事記載の有無について(請求原因5の(一))
(一) 検証の結果及び弁論の全趣旨に照らすと、肥前町選挙会において前田候補の有効投票とされた投票中本件裁決において無効投票とされた投票を除く投票は、いずれも前田候補の有効投票であると認めることができる。
(二) 他事記載の投票を無効とする趣旨は、投票の記載が投票者の何びとであるかを推知させる機縁をつくり秘密投票制の維持を危うくするのを防止するために、そのような記載を抑制することにあるのであるから、投票用紙に候補者の氏名以外の記載があっても、それが選挙人の不注意から生じた書き損じ等の記載であって投票の秘密を犯す恐れがないと認められるものは他事記載に当たらず有効投票と解すべきである。
そして、検証の結果によれば、検証番号五の投票の候補者氏名欄の右上角から右上方面に約二センチメートルの細い直線が記載されていること、検証番号七の投票の「田」の字の右上に長さ一センチメートル余りの薄い線がやや孤を描くように右上方に向かって記載されていること、検証番号一一の投票の「前」の字の左上に小さな丸印が記載されていること、検証番号一七の投票の「前」の字の左側に長さ約二センチメートルの薄い曲線が記載されていること、検証番号一八の投票の候補者氏名欄の左側欄外に長さ二センチメートル余りの細い線がひらがなの「し」のように記載されていること、検証番号二三の投票の候補者氏名欄左端に約二センチメートルの長さにわたって小さな丸印その他判読不能の記載がされていること、検証番号二五の投票の「清」の字の左側及び「人」の字の右側にいずれも黒い指紋様の痕跡(素材は黒インクと推測されるが、明確でない。)が見られること。検証番号三一の投票の「前」の字の上部から左下方に向けて長さ約二センチメートルの直線が、その終点から、左上に向けて候補者氏名欄の外まで長さ約三センチメートルの直線が記載されていることがそれぞれ認められる。
右によれば、検証番号一一、二三、二五、三一の投票については、記載の形態、長さ、位置、運筆方向等に照らして選挙人の不注意から生じた記載とは認められず、何らかの意図に基づき記載されたものというべきであるから、無効投票とすべきである。
しかし、検証番号五、七、一七、一八の投票については、直線又は曲線の位置、長さ、濃淡、運筆の勢い等に照らしていずれも選挙人の不注意から生じた記載と認めることができるから、この四票は前田候補の有効投票とすべきである。
2 肥前町選挙会において井上候補の有効投票とされた投票について
(一) 候補者でない者の氏名記載であるとの主張について(請求原因5の(二)の(1)及び(2))
検証の結果によれば原告主張の各投票の存在が認められ、井上吉富及び井上義富なる人物が肥前町内に居住していることは、弁論の全趣旨によって認められる。しかし、右両名の氏名はいずれも井上侯補の氏名と同じく「いのうえよしとみ」と読むことができるものであるところ、このような場合、選挙人は候補者に投票する意思をもって投票を記載したと推定すべきであるから、投票に記載された氏名と同じ氏名を持つ者が同一選挙区内に実在する場合でも、投票の記載がその実在人物を指向するものと認められるためには、その者が地方的に著名であるなど、その記載が特に当該実在人を表示したものと推認すべき特段の事情があることを要すると解すべきである。
これを本件についてみるに、〔証拠略〕によれば、井上吉富なる人物は町選管委員長である渡邊武司及び町選管委員である石原愛のいずれにも知られておらず、本件選挙の立会人であった前田寅男も年齢は不詳だが農協職員で井上吉富なる人物がいるらしいという以上の情報を有していないことが認められるのであって、井上吉富なる人物を肥前町内の著名人と認めることはできない。
次に、〔証拠略〕によれば、井上義富なる人物は井上候補と同年輩の農業従事者であり、老人会の役員をしたり、昭和六〇年ころ肥前町から納所東地区の区長を委嘱され、二年間肥前町から報酬を得て同地区の連絡等地区の世話に携わったことがあるが、公職に立候補した経験はないことが認められるのであって、いまだ前記特段の事情を認めるに足りないというべきである。
したがって、請求原因5の(二)の(1)及び(2)に掲記された投票は、いずれも井上候補の有効投票であると認めることができる。
(二) 他事記載の有無について(請求原因5の(二)の(3)及び(4))
(1) 争いのある投票について(請求原因5の(二)の(3))
当裁判所は、原告指摘の投票中の記載はいずれも他事記載に当たらず、いずれも井上候補の有効投票であると認めるが、各投票について検証の結果によって認められる事実及びその有効性に関する当裁判所の判断は、以下のとおりである。
検証番号五〇四七の投票の「井」の字の右側に小さな「s」の字を裏返して斜めにしたような記載があり、検証番号五〇四九の投票の「え」の下方から候補者氏名欄外にかけて薄い斜めの線が記載されているが、いずれも不用意に付された記載であると認められ、他事記載には当たらない。
検証番号五〇五〇の投票の「井」の字には二本余分な横線が引かれているが、書き損じに類するものと認められ、他事記載には当たらない。
検証番号五〇五一の投票の「富」の字の右横に濃い点が記載されているが、慣習的ないし不用意に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇五二の投票の候補者氏名欄右上隅に「し」を横にしたような記載があるが、書き始めに不用意に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇五四の投票の「良」の字の左横に縦線が記載され「良」の字につながっているが、選挙人の「良」の字の記憶が不正確であったか、又は書き損じによるものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇五五の投票の「富」の字の「一」及び「口」字画が二重に記載されているが、選挙人が当初記載した字に疑いを起こし、正確を期するために加筆したものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇五六の投票の「上」の字の上部から右上欄外にかけてほぼまっすぐな長さ約五センチメートルの薄い線が引かれているが、その位置及び筆勢に照らし、不用意に付された記載であると認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇五八の投票の「良」の字の周囲に数本の短い線が付着しているが、これは当初記載した「義」の字を抹消し、その上に「良」の字を記載したところ、抹消が不十分であったために残った痕跡であると認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇六二の投票の「井」の字の右横に点が記載されているが、慣習的ないし不用意に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇六三の投票の「井」の字には余分な縦線が記載されており、かつ、その上に「キ」の字を抹消したような痕跡が残っているが、前者は不正確な記憶に起因するもの、後者は書き損じの抹消が不十分であったものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇六五の投票の「良」の字の上部と重なって「吉」の字が記載されているが、当初記載した「吉」の字が誤っていることに気付いた選挙人が、その上に「良」と記載したものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇六七の投票の「井上」の記載の周囲に余分な点や線が付着しているが、拙劣な運筆のために不用意に記載されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇六九の投票は「井止ヨトンミ」のような記載があり、かつ、「ヨ」の字に縦線が付されているが、選挙人の不正確な記憶に基づく記載であると認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇七〇の投票の「井上」と「よしとみ」との間に判読できない一文字が挿入されているが、「良」の書き損じであると認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇七三の投票の「井」の字の上方に濃い横線が記載されているが、書き損じた第一字を抹消した線であると認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇七四の投票の「井」の字の左上に薄い線が記載され、「良」の字の左横に「吉」の字と二重丸が重ねて記載されているが、前者は不注意による記載であり、後者は誤字を抹消したものと認められるから、いずれも他事記載に当たらない。
検証番号五〇九二の投票の「富」の字の「口」が「日」となっており、「富」の字の左横に点が記載されているが、前者は選挙人の不正確な記憶に起因するものであり、後者は不注意による付着であると認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五〇九八の投票の「吉」の字に余分な横線が記載されているが、誤記と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一〇五の投票の「井上」は二重文字で記載されており、かつ、その右横に「イノウエ」と振り仮名が付されているが、これは候補者名の記載を明確にしようとしたものにすぎないと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一〇六の投票の「井」の字の左横に点が付されているが、これは運筆途中に不用意に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一〇八の投票の「井」の字の上方に判読できない記載があるが、これは第一字の一部を記載した後にこれを抹消したものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一〇九の投票の「上」の字の上部に余分な線が記載され、「富」の字の左横に「富」らしき字と斜線が重ねて記載されているが、前者は不用意に付された線と認められ、後者は誤記を抹消したものと認められるから、いずれも他事記載に当たらない。
検証番号五一一〇の投票の「井」の字の上方に判読できない記載があるが、これは「井」の字の一部を記載した後にこれを抹消したものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一一一の投票の「え」の字の右横に短い斜線が記載されているが、これは選挙人の不正確な記憶に起因するものか、又は運筆の最後に不用意に記載されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一一九の投票の「井」の字の左横に小さな「し」の字を斜めにしたような記載及び薄い点の付着があるが、これは書き始めに不慣れな筆の誤りによって不用意に記載されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一二一の投票の「上」の字の下方に点が記載されているが、習慣的ないし不用意に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一二二の投票の「井」及び「上」の各字に余分な短い縦線が付されているが、運筆途中に不用意に付された記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一二三の投票の「富」の字の右下方に点が記載されているが、習慣的に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一二五の投票の「良」の字の左下に短い斜線が付されているが、運筆途中に不用意に付された記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一二六の投票の「良」の字の左肩に短い縦線が付されているが、選挙人の不正確な記憶に起因するものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一二七の投票の「良」の字に短い斜線が、「富」の字に短い縦線が二本が付されているが、いずれも選挙人の不正確な記憶に起因するものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一二九の投票の「井」の字の左上に短い斜線が記載されているが、書き始めに付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一三一の投票の「上」の字の右横に「レ」点のような記載があるが、運筆途中に付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一三三の投票の「井」の字に余分な横線が記載されているが、誤記と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一三四の投票の逆さまに記載された「井」の字に短い線が付されているが、書き始めに付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一三五の投票の候補者氏名欄の左側欄外から欄内にかけて薄い線が記載されているが、書き始めに付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一三八の投票の「井」の字に余分な横線が記載されているが、誤記と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一三九の投票の「井」の字の第一、二画の各横線の末尾右側に短い線が付されているが、これは当初の記載は右側が短かったのでその体裁を整えるために書き加えたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一四〇の投票の「井」の字の右肩に短い線が付されているが、書き始めに付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一四一の投票の「富」の字の左横に点が付されているが、運筆途中に不用意に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一四二の投票の「上」の字の右下方に読点のような点が記載されているが、習慣的に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一四三の投票の「井」の字の右横に薄い縦線が記載されているが、書き始めに付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一四四の投票の「井」の字には余分な縦線が記載されているが、当初の線が薄いと感じられたために再度引かれたものであるか、又は誤記であると認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一四六の投票の「富」の字の「口」と「田」の間に余分な横線が記載されているが、誤記と認められるので、他事記載に当たらない。
検証番号五一四七の投票の「井上」の左横に「井」及び「止」の字の一部を記載して抹消した跡(ただし、「井」の字の右縦線は明瞭に残っている。)があるが、これは書き損じた文字が完全に抹消されていなかったにすぎないものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一四八の投票の「井」の字には余分な縦線が記載されているが、筆の走り又は誤記であると認められるので、他事記載に当たらない。
検証番号五一五〇の投票の「良」の字の左肩に短い縦線が付されているが、選挙人の不正確な記憶に起因するものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一五二の投票の「井」の字の上方から候補者民名欄の右側欄外にかけて非常に薄い斜線が付されているが、その位置、濃淡、筆勢等に照らして書き始めに付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一五三の投票の「富」の字の右下方に点が記載されているが、習慣的に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一五五の投票の候補者氏名欄の左側欄外から「井」の字の左上方にかけて非常に薄い曲線が付されているが、その位置、濃淡、筆勢等に照らして書き始めに付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一五七の投票の「井」の字の上部に余分な斜線が記載されているが、これは記載者の筆ぐせにより不用意に記載されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一五九の投票の候補者氏名欄外の注意書きの箇所に薄い縦線が記載されているが、位置、形状、濃淡等に照らして不用意に付着した記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一六一の投票の「富」の字の左上方に薄い点が付されているが、運筆途中に不用意に付着したものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一六二の投票の「井」の字の下部には余分な縦線が二本記載されているが、筆の走り又は記載者の筆ぐせにより不用意に記載されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一六三の投票の「富」の字の右下方に点が記載されているが、習慣的に付されたものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一六四の投票の「井」の字の左肩に小さな曲線が、左横に小さな点が付されているが、書き始めに付着した不用意な記載と認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一六五の投票の「井」の字の上部に薄い縦線が、「良」の字と「富」の字の間に薄い曲線が付されているが、運筆途中に不用意に付着したものと認められるから、他事記載に当たらない。
検証番号五一六六の投票の「良」の字には余分な斜線が記載されているが、記載者の不正確な記憶に起因するものと認められるから、他事記載に当たらない。
(2) 争いのない投票について(請求原因5の(二)の(4))
投票の効力に関する当事者の主張は、事実そのもののみの主張ではなく、法律の解釈適用に関する主張をも含むものであるから、裁判所は当事者の主張に拘束されずに、その効力の判断をすることができるものである。
そして、検証の結果によれば、検証番号五〇六四の投票の「良」の字の左側に小さな点が、右側に薄い縦線及び斜線がそれぞれ記載されていること、検証番号五〇六八の投票の上部欄外から候補者氏名欄にかけて長さ約三センチメートルの薄い線が記載されていること、検証番号五〇七一の投票の「富」の字の右上から右上方にかけて長さ約一センチメートルの斜線が記載されていること、検証番号五一二〇の投票の注意書きの箇所の左側からその下部を経て投票用紙の右下端まで約八センチメートルの線が記載されていること、検証番号五一二八の投票の「井」の字の左側約一センチメートルの位置に長さ約四ミリメートルの濃い線が記載されていること、検証番号五一五四の投票の「井」の字の左上に長さ約三ミリメートルの斜線が記載されていることがそれぞれ認められる。
右によれば、検証番号五一二〇、五一二八の投票については、記載の形態、長さ、位置、運筆方向等に照らして選挙人の不注意から生じた記載とは認められず、何らかの意図に基づき記載されたものというべきであるから、無効投票とすべきである。
しかし、検証番号五〇六四、五〇六八、五〇七一、五一五四の投票の前記直線又は曲線の位置、長さ、濃淡、運筆の勢い等に照らして、検証番号五〇六四の投票の「良」の字の右側の記載は当初記載した字の抹消が不十分であったために残った痕跡であり、その余の投票の記載はいずれも選挙人の不注意から生じた記載であると認めることができるから、この四票は井上候補の有効投票とすべきである。
(三) 投票用紙の用い方が正常でない等の主張について(請求原因5の(二)の(5)及び(6))
検証の結果によれば、検証番号五〇四八、五〇七二、五〇七五、五一一六、五一二四、五一三二、五一三四、五一四九、五一五一、五一六七の投票には井上候補の氏名、氏又は名が逆さまに記載されていること、検証番号五一〇八、五一二九の投票は候補者氏名欄上部の印刷文字「候補者氏名」(横書き)に平行して「井上」と横書きされていること、検証番号五〇五三、五一一五、五一三〇、五一三六、五一三七、五一四五、五一六〇の投票は投票用紙をその正常な使用状態から左回りに九〇度回転させた位置において井上候補の氏名又は氏が横書きされていること、検証番号五〇六六の投票は井上侯補の氏名が裏面に記載されていることが認められる。しかし、右各投票からは井上候補に投票する選挙人の意思が認められ、かつ、選挙の事由と公正を害するような事情は認められないから、いずれも井上候補の有効投票であると認められることができる(なお、検証の結果にょれば、肥前町選挙会において前田候補の有効投票とされた投票中、検証番号三、四、八ないし一〇、一二ないし一六、一九ないし二二、二四、二六ないし三〇、三三ないし三七の投票も投票用紙の用い方が正常でないが、原告は検証に際し前田候補の有効投票であると指示していたことが認められる。)。
検証の結果によれば、検証番号五〇六二の投票は井上候補の氏名がサインペンによって記載されていることが認められる。しかし、公職選挙法は筆記用具に何ら制限を設けていないところ、右事実をもって直ちに特定の選挙人が投票したことを他に知らせる目的で記載したものとは断じ難いから、右投票は有効である。
検証の結果によれば、検証番号五一五六の投票については、投票用紙の候補者氏名欄の右上欄外に赤色の汚れが存在するが、何による汚れであるかは不明であること、検証番号五一五八の投票については、「良富」の記載の左部分に投票用紙の表面をこすったためにできたような汚れが存在することが認められる。しかし、前者は選挙人が付けたものかどうか明らかでなく、後者は選挙人の不注意から生じたものと認められるので、いずれの投票も有効であると認められる。
(四) 肥前町選挙会において井上候補の有効投票とされた投票中(一)から(三)までにおいて検討されなかったものについて
検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、肥前町選挙会において井上候補の有効投票とされた投票中(一)から(三)までにおいて検討されなかった投票には何ら無効原因が認められず、全部有効であると認められる。
3 肥前町選挙会において無効とされた投票について(請求原因5の(三))
検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、請求原因5の(三)記載のとおり、肥前町選挙会において無効とされた投票の中に、前田候補の有効投票が二票、井上候補の有効投票が二票あること、その他の肥前町選挙会において無効とされた投票中に有効とすべきものは見当たらないことがそれぞれ認められる。
4 右によれば、肥前町選挙会において井上候補の有効投票とされた投票中二票は無効な投票であり、肥前町選挙会において無効とされた投票中二票は同候補に対する投票として有効であるから、同候補の得票数は三四五五票となる。また、肥前町選挙会において前田候補の有効投票とされた投票中四票は無効な投票であり、肥前町選挙会において無効とされた投票中二票は同候補に対する投票として有効であるから、同候補の得票数三四五二票となる。そうすると、井上侯補が有効投票の最多数を得たとして同候補を当選人とした肥前町選挙会の決定は相当であり、本件審査申立てを棄却した本件裁決は適法であるというべきである。したがって、原告の予備的請求は理由がないことに帰する。
三 よって、主位的請求に係る訴えを不適法な訴えとしていずれも却下し、予備的請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高升五十雄 裁判官 古賀寛 原啓一郎)